ボクたちの幸せ 『エヴァンゲリオン』が描く幸せ: 序破急

庵野秀明、貞本義行、山賀博之の発言集、作品に関する資料などを掲載

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月刊ニュータイプ 1995年11月号 より

庵野秀明×三石琴乃×幾原邦彦

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―われわれ、編集部は『エヴァンゲリオン』の本質に迫るために特別座談会を企画した。出席者はもちろん、庵野秀明監督。そして、重要なヒロイン・葛城ミサトを演じる三石琴乃。スペシャルゲストは庵野監督とも親しい間柄である演出家の幾原邦彦。テーマは“幸せについて”だ。

NT

「さて、きょうは幾原さんにも『エヴァンゲリオン』のアフレコを見ていただいたわけですが、どうでした?」

幾原

「いいですね。スタッフのテンションの高さが伝わってきました。役者もずいぶんエキセントリックで、いい味でてるし。シンジ役の緒方さんも、中性的な感じがいいよね。男の声優さんにはない清潔感があるし。」

三石

「『エヴァンゲリオン』のアフレコを見るのははじめてだっけ?」

幾原

「うん、はじめて。ダビングは見たことあったんだけど。」

NT

「三石さんはどうでしたか? 最初に『エヴァンゲリオン』を見たときの印象は?」

三石

「1話の映像を見たときは、思わず「おーっ」って声をあげちゃいましたね。そのあとも、もう「おーっ、おーっ」と感嘆の連続で。」

幾原

「僕は、最初に見たとき、懐かしいなと思ったけどね。」

NT

「懐かしい、ですか?」

庵野

「トホホ、僕は'90年代のアニメをめざしているのに(苦笑)。」

幾原

「いや、古いという意味じゃなくてさ。昔、自分がアニメーション見てたころ、これから若いやつがどんどん出てきてアニメーションを変えていくんだろうなと思ってた。でも、実際そうはならなかったんだよね。だから、『エヴァンゲリオン』を最初に見たときに懐かしいなと思ったのは、当時変わっていくんだろうって考えていた、そんなアニメーションに出会えたような気がしたからなんだ。10年ぐらい断線してたものがつながったみたいな感じかな。まあ、あくまでそれは10年前の僕が、『エヴァンゲリオン』を見た印象であって、いまの僕としての違った印象もあるんだけど。でも、自分がファンだったときの気分に戻れたのは、確かだね。」

NT

「三石さんにとって『エヴァンゲリオン』って、どんな作品ですか?」

三石

「まだ終わってないから、なんとも言えないんですけど……なんか、独特な“匂い”のする作品ですね。庵野監督も言ってたんですけど、キャラクターが素直なセリフをはかないアニメーション。素直なのは学校の男の子たちくらいで。」

庵野

「たしかに、あの2人(鈴原トウジと相田ケンスケ)くらいだね。」

三石

「ペンペンもほっとするんですけどね。」

庵野

「スイマセン、ヒネたやつらばっかりで。」

幾原

「ちょっと、変なこと聞いてもいいかな?」

庵野

「イイっスよ。」

幾原

「このあいだ、ニュータイプのインタビューで「幸福を求めて…」って話をしてたじゃない。あれはなに?」

庵野

「いや、そんなに幸せについてばかり語ったわけじゃないんだけどね。ただ、記事として取り上げられたのが、幸せについて話をした部分だったというだけで。」

幾原

「なるほど。なんでそんなこと聞いたかっていうとさ、この前『ダイ・ハード3』を見たんだよね。でも、これがくだらない映画でさ。その前に、評判よかったから『フォレストガンプ』も見たんだけど、これもくだらない映画だった。なにがくだらないかって、2つとも幸せを求めてるんだよね。」

絶対的評価基準と絶対的な幸せ

庵野

「最近のアメリカ映画って、みんなそうなんじゃないの。」

幾原

「そうなんだよね。『ダイ・ハード3』も、やっぱり幸せを求める映画でさ。黒人差別の話から始まって、最後に共産主義みたいなヤツが出てくるんだよね。ようするに、比較論としての幸せみたいな話になってくるんだ。」

NT

「比較論……ですか?」

幾原

「そう。アメリカって貧乏で差別もいっぱいあるんだけど、それでもオレたち幸せだよな、アメリカ人でよかったよなっていう「幸せ論」になってくる。そういうの見てると、そんなにアメリカってつらいのかって、めまいがした。ちょうどそんなときにニュータイプを読んだら、『幸福を求めて…』って記事があって。」

庵野

「いや、あれは比較論としての幸せを言ってるわけじゃないんだ。僕が常々考えてるのは、何かと比較していいとかじゃなくて、絶対なんだ。ほしいのは絶対的評価だから。」

幾原

「絶対的な幸せがほしいということなの?」

庵野

「いや、幸せだけじゃなくて、いろいろな意味で、絶対的評価ってほしくない?」

NT

「『エヴァンゲリオン』にも絶対的評価がほしいということですか?」

庵野

「切望しますね。ほかのアニメに比べてよくできてると言われても、あまり意味がないんですよ。ほかの作品と見比べていいというのじゃなくて、この作品を見たときに、これはいいと言えるものをつくってみたい、と思うんですよ。「絶対」というのは観念の中でしか存在しないものだから。本来ありえないことをその人の心の中、思い込みの中だけに存在しうるものにする、そういう作品にしたい。僕は僕で、自分の中にも絶対的評価基準っていうのがあるんですけど。」

NT

「『エヴァンゲリオン』を評価する基準ですか?」

庵野

「そう。『エヴァンゲリオン』をつくるときに自分が思い描いていた理想像ってあるわけですよね。これくらいはおもしろくなるはずだ、という。だから、そこに到達していなければ、どんなに周りからおもしろいと言われても、自分の中では評価できないんですよ。」

NT

「『エヴァンゲリオン』がおもしろいかどうかを計るモノサシは『エヴァンゲリオン』の中にしかないということですか。」

庵野

「そういうことでしょうか。周りからおもしろいですねって言われても、こちらにはほんとうはもっとおもしろくなるはずなんだって思いがある。どうしておもしろくならないかというと、それは自分が力不足だから。幸せの話に戻すと、そういうときに不幸せを感じるかな。」

幾原

「う~ん、僕が『エヴァンゲリオン』に期待してるのは、幸せになるための具現化、具現的な方法をドラマとして見せてくれるんじゃないかってことなんだよね。」

庵野

「幸せを形にする方法ってこと?」

幾原

「そうそう。いまの状況が変われば幸せになると思ってる若い子って多いじゃない。状況が悪いから自分は楽しくない、うまくいかないって思ってるの。そうじゃないんだよね。幸せになれるのは、やっぱり具現化能力 ―幸せを形にできる人間なんだよ。」

庵野

「幸せって形になるのかな? 簡単にことばにできるものなの?」

幾原

「幸せはことばにできるよ、いろいろと。たとえば、何人もの女の子とつきあってて幸せだなあ、とか。」

三石

「えー(笑)。」

幾原

「(あせって)たとえば、たとえばの話だよ。」

三石

「でも、幾原さんは幸せについて考えて、最初に出てくるのが、それなのね。なんか、ピーンとつながったものがあったなあ(笑)。」

幾原

「なにがピーンとつながったの。失礼だなあ(笑)。」

一同

「(笑)。」

NT

「三石さんの幸せというのは、なんですか?」

三石

「ここでは語れません(笑)。」

幾原

「そりゃ、そうだ。でも、幸せだよね、三石さんは。」

三石

「たぶんね。不幸と思ってないこと自体が幸せだと思うから。」

幾原

「それが大事なんだよ。どうやったら自分が幸せになれるだろうなんて考える人はさ。もう、その時点で不幸だよ。」

三石

「このあいだ、大好きな役者さんの家と自分のおうちが近くだったって知っただけで、すっごい幸せだったくらいだもの(笑)。」

シンジの五段活用とミサトの幸福

NT

「三石さん、今まで演じてきたなかで「これは!」と思う話ってありますか?」

三石

「あたしは、加持さんとミサトが、ちゃんと絡んだシーン。女の子だから、やっぱり恋愛ものは好きですね。」

NT

「幾原さんはどうですか?」

幾原

「僕は、レイのセリフが気になるなあ。」

庵野

「評判いいんだよね、レイ。何故でせう?」

幾原

「描写がいいからじゃないの。レイがシンジに同じセリフを繰り返して言うんだよ。それなんかおもしろいと思ったね。」

三石

「考えさせられるよね。どういうセリフになるのかなって。それが一応、納得できるような部分もあるから、なおさら。」

幾原

「あの子はことばの使い方を知らない、人とのコミュニケーションがわからない子なんじゃないのかな。レイのほうは無自覚でそのことばを使ってるんだけど、シンジのほうが逆に考えすぎちゃってるの。」

三石

「いまのセリフは、どういう意味だったんだろうってね。ドキドキオロオロ(笑)って。」

庵野

「実は、コミックス(第1巻)の巻末でネタを全部バラしちゃっているんだけど、この『エヴァンゲリオン』という話は、コミュニケーションが不器用な人たちの話なんだよね。他人との接触を怖がって自分のカラに閉じこもっちゃった男の子と、表層的なつきあいに逃げることで自分を守っている29歳の独身女 ―そういう人間たちが、どう変化していくんだろうっていう話だから。」

幾原

「29歳の独身女っていうのは、ミサトのことだよね。ミサトは最後、幸せになるの?」

庵野

「わからない。ならないかもしれない。幸せっていうのがよくわからないからね。」

三石

「ミサトにとっての幸せって、なんなんだろう?」

庵野

「加持とくっついちゃえば、幸せかっていうと、そんなことないと思うしね。」

幾原

「加持とくっつくのは、ダメですか?」

三石

「いちばん好きな人とは、いっしょにならないほうがいいっていう説もあるのよ。」

NT

「ミサトは加持のことがいちばん好きなんでしょうか。」

三石

「さあ。ほかに恋愛の対象になりそうな人が見当たらないから、なんともいえない。」

庵野

「いや、わからないよ。もしかしたら、シンジにかたむいちゃうかもしれない。」

三石

「う~ん、それは10年くらいたってみないとわかんないなあ。」

幾原

「でも、ミサトって、シンジのことばっかり心配してない? 敵の攻撃を受けてさ、シンジとレイがいっしょにふっとんでも「シンジくーん!」って。いっしょにふっとんだレイは、どうでもいいのか(笑)。」

三石

「ヒロインの宿命なの、主人公の名前を叫ぶのは。それに、同じ「シンジくん」にも五段活用とか、いろいろあるんだから。」

幾原

「五段活用って、なに?」

三石

「台本には「シンジくん」「シンジくん」「シンジくん」って書いてあっても、全部違うじゃないですか。明るく「シンジくん♡」って言うのと、「シンジくーん」って叫ぶのと、「シンジくーん」ってちょっとジト目で言うのと。」

幾原

「なるほど(笑)。」

究極の個人主義と男の子の幸福

幾原

「男の子の幸せってなんだろうかねえ。」

庵野

「やっぱり「好きな女の子をゲットする」じゃないかな。」

三石

「でも、ゲットしたあとは、自分の仕事に走っちゃうんでしょ。」

幾原

「なんで、そんなこと、言いきれちゃうの(笑)。」

三石

「だって、そうじゃないのはあんまり見たことないから(笑)。」

幾原

「そういうのって、やっぱりイヤなのかな?」

三石

「女の子の立場としては、イヤだなあ。」

幾原

「そういうときは、どうするの? 一般論としてはさ。」

三石

「責めるだろうね、男の子を。」

幾原

「責められたらどうするかな、男の子は。」

三石

「ケースバイケースなんじゃない。それで別れちゃう人もいるだろうし、悪いことしたなって思い直して、フォローしつつ仕事をがんばる人もいるんじゃないかな。」

幾原

「なんで、そんなに仕事に走るのかな。僕は、そんなことしたことないけどなぁ。」

庵野

「あ、自分だけイイ子になろうとしてる。」

幾原

「いや、ほんとだってば(笑)。」

庵野

「それはきっと自分のことしか考えてないからじゃないかな。女の子のことを考えるといっても、実は、みんな自分のためにやってるんだと思うからね。」

NT

「というと?」

庵野

「昔さ、なんかの漫画で、主人公が好きな女のために甲子園を捨てるというやつがあったんだよね。僕は、そういうのが、どうも信じられなくて。「好きな女のために」っていうのが偽善にしか見えないんだよね。ほんとうは自分の欲望、快楽に忠実に動いているだけなのに、その言い訳として「女の子のために」って言ってるみたいで、すごくイヤなんだよ。男ってのは、そういうものじゃなくて、もっと自分本位のものだろうって。」

幾原

「男のいうのは、女の子のことを考えてあげたりはしないもんだと?」

庵野

「そうだね。つまり、女の子のことを考えている自分が気持ちいいからやってるにすぎないんだよね。「男」っていうのも観念の世界がつくり出しているものだからね。自分が「男」だと思わなければ、「男」というものは存在しない。実にあやふやなものなんだと思う。だから昔から「男なら~」とか「男だったら~」とかをしつこく繰り返し言ってるんだと思う。常に言い聞かせないと「男」っていなくなっちゃうからね。極論しちゃうと、みんな自分のことしか考えてないんじゃないかと思う。だから個人主義でいいんじゃないのかな、人間はね。」

幾原

「でも、個人主義を貫くのって難しいよね。」

庵野

「難しい。とくに日本ではね。」

幾原

「究極の幸せっていうのは、究極の個人主義と関係あるんじゃないのかな? 個人主義をどれだけ貫けるかで決まってくる?」

庵野

「う~ん。幸せをストレスとかフラストレーションがたまらない状態をいう場合もあるだろうし……。」

NT

「幸せということばの定義にもよりますよね。」

庵野

「定義のひとつに、いまこの瞬間が永遠に続けばいいのに、というのはあるよね。女の子とお風呂に入ってるといいなあとか。」

三石

「え~、幸せ~!?」

幾原

「幸せだよ~。」

庵野

「女の子と、お風呂に入るのはけっこうイイよね。」

幾原

「うん……あっ、いま言ったのはカットね(笑)。」

庵野

「なんか、話がマズイほうにきちゃったな。」

NT

「じゃあ、そろそろ……お開きにしましょうか。」

庵野

「そうですね。僕もう、だいぶ酒がまわってるし、アフレコの後でドッと疲れてるし…。さて、イクちゃん、この後飲みに行こう。」

幾原

「ええーっ!? じゃあ、終電までですよ(笑)。」


幾原邦彦「曖昧さのないことの凄さ」

幾原

「座談会の後に考えたことがあるんだ。このコラムでは、そのことについて話をしようか。庵野さんの言った『絶対的評価が欲しい』ってことについてなんだ。
僕に限らず、クリエイティブな仕事をしている人の多くが『スケジュールがなかったわりに、いいデキだ』とか、『TVアニメにしては、がんばっている』みたいな言い方をするよね。本当は時間があったかどうかと、作品の評価は別のものなんだ。そんなことわかっているのに『……のわりに』とか『……にしては』と言って、相対化して真実を曖昧にしているんだよね。

ところが庵野さんは、そういう曖昧さを許さないんだ。これには驚いたよ。そういった言い訳を全部なくして、自分の価値観の中で完璧なものをめざしてしているんだ。

それも、物語、表現、テーマ、すべてにおいて“絶対”をね。『メカアクションは食い足りないけれど、テーマ的にはすばらしい』みたいな評価も、庵野さんにとっては意味がないんだろうね。

ことばで言うのは簡単だけれど、それを実際にやるのはとてつもないことだよ。

僕と庵野さんは、仕事のやり方も、方向性も違う。だけど、ほんとうに刺激になる人だよね。」

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